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紅茶の酸は

“下が1煎目、上が2煎目”
B902

smashさんの記事に出ている愛子さんの紅茶たち。
遅まきながら、紅茶品茶の感想を。

碧螺春の産地で作られた紅茶たちで、一番左の陳年のもの以外は今年の作のもの。
西紅(陳年)は、まるでプーアル茶。やや沈んだ酸味に少しホコリっぽい様な陳年茶特有の匂い、そしてお粥の上澄みの様なトロミのある澱粉の柔らかい味わい。どことなく、燻した様な香りもなくはない。とても不思議なお茶。

愛紅2種は、どちらも(シ眞)紅紅茶に似た系統の味わいが根底にある気がする。でも、水色も味わいも全然違う。
一番右のものは、味わいがクリア。舌の付け根に来るシカシカ感が紅茶らしく、後味にグレープフルーツ水のような軽いフルーツ系の爽やかな酸味が。
真ん中のものは、紅茶の美味さは同じ様な雰囲気なんだけれど、酸がやや早目に顔を出す感じ。干した蜜柑の皮みたいな、実ではない部分の酸味。
この後、別の方の作った紅茶を飲んだら、それを単体で飲んだ時には感じなかった強烈なレモンの酸味を感じて、また舌の曖昧さに戸惑ってしまった。

愛紅の酸味に関しては、火を止めるor発酵を止めるタイミングの遅れで出てしまったものとのお話だったように思う。(うろ覚え)そうなると、酸は個性とか味わいではなく雑味になってしまうのか。
いったい味と言うものは、何処までが特性で、何処までが旨味で、何処までが雑味なのか。というか、そういう分類(?)で単純に分けて考えようとするのが間違いにも思えるし。飲む人間の好みや状態にも左右されるし。
ああ、難しいけど、楽しいなぁ。

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中国茶」カテゴリの記事

Comments

>何処までが特性で、何処までが旨味で、何処までが雑味なのか。

そうですよね。ここんとこ「雑味」というのは表現そのものが間違いかも、と思ってます。何となくクリアであるとか、透明感があるとか思ったことを「雑味がない」と表現してしまったというだけかもとか。

で、そもそも、「クリア」「透明感」というのが、既にあやしいわけで(というか凄く主観的な表現なので、その実態は伝わりにくい表現だと思うのです)、まあ、雰囲気を伝えるための言葉ではないかと思うのです。

雰囲気を伝える言葉の場合、いっぱい重ねていかないと、上手く伝わらないことが多いので、多分、どうクリアか、どういう雑味が無いのか、とかまで言えれば、自分が感じた何かが少しは伝えられるかも、と思うので、まあ、結局は言葉を尽くす面白さに落ち着くのかとか思ってます。

そういうのを考えるのは面白いですよね。

Posted by: のーとみ | 2006.09.24 02:12 AM

こんばんは。

「雑味」=不純物みたいなイメージですが、極端な話、水がH2Oだけで美味しい訳はなく、CaやNa、Mgの混ざっていないものは無味なんですから、混ざってない物=「クリア」が良いものという表現をして良いものかと。
でも、確かに「皮膚に付いた砂のザラザラ感のような違和感を覚える味の成分」は感じる訳で、端的に言葉にすると「雑味」というのが、今のとこ一番共有し易い、あるいは共有されている言葉であるように思えますし。

『雰囲気を伝える言葉』は、同席して同じ物を同じ条件で飲んでいる場合はある程度の共有が可能でしょうが、ネット他の不特定多数向けに文章化した場合は言いたいことが一体何割伝わっているのだろうなぁと思います。怖いですね。
しかも、味覚と言う物自体が既に主観でしかないのですから、ほんとに仰る通り『結局は言葉を尽くす』しかないですし。

また言語化ゲームいたしましょう。

Posted by: | 2006.09.24 10:49 PM

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