菌類の不思議展@国立科学博物館

“内容は真面目”
B1346

終わってしまった展覧会なので今更なんだが、備忘メモ。
最終日に行ったのだけれど、こんな地味な展覧会なのに人だらけで吃驚した。
恐るべし、もやしもん効果。

内容は至って真面目。
大量のキノコの樹脂標本は圧巻。
参加型の企画も多く、顕微鏡除いたり、光るキノコ見たり、トリュフや松茸の臭い嗅いだりできるのは、大人も子供も楽しめる配慮が科博らしい。
私的に非常に楽しんだのは、カエルツボカビ症のコーナーと高松塚古墳に生えたカビコーナーと青カビから作った薬コーナー。特に高松塚古墳のコーナーのキャッチ『明日香美人に生えたカビ』が、好き。しかも、そのカビをちゃんと傾斜培地に生やして見せてくれるのが流石だなと思う。
目で本物を見て確認することの面白さは、当たり前だがインパクトが強い。こういう所から興味をもつと勉強って苦じゃなくなるんだろうなぁ。
 
“嗅ぐコーナーの落書き”
B1347

で、あちこちに描かれた落書き探すのも楽しい。
段ボールで作った展示と、この落書きの組み合わせって面白さを増しあってる気がする。

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レオナール・フジタ展

“皿とチケット”
B1340

レオナール・フジタ展、良いですよ」と教えてもらって、誰やそれ?と昨年暮れに見に行ってみたら、藤田嗣治氏ではないか。洗礼後のお名前とは存じ上げなかった。
猫好きには外せないと個人的に思っている藤田嗣治氏の絵は何度か見た事がある。
今回は行方不明になっていた大作4点が一挙公開という事でワクワクして観ていたのだが、意外に洗礼後のガラリと作風の変わった後期の宗教画に惹かれてしまった。

オフホワイトのカンバスに、ペン描きにも見えるシャープでありながらグレイスケールの柔らかな描写の若い頃の作品も好きなのだが、後期の顔のパーツの小さい人物像に、色の多用された何とも言えない落ち着き具合がいい。で、同時期に彼が作った衝立や食器などの生活雑貨が、子供っぽいと思えるほどに愛らしく、その二面性も面白く、雑貨類は欲しいと思うものが何点もあって困ってしまった。

印象的だった作品(備忘)
二人裸婦、猫、衝立、フレスコ壁画の為の習作『受胎告知』、キリスト、など。
一番好きだったのは、黙示録3部作。デフォルメされた内容に綿密な描き込み、驚くほどの色の洪水、でも中身は黙示録という、小品なのにまぁ何とも言えない迫力で参る。

帰りは、この展覧会オリジナルの復刻猫皿に飛びつく。
北斎のときのお手塩皿もそうだけど、こういうグッズをもっと作ってくれると嬉しい。

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大琳派展〜継承と変奏〜

“季節外れ”
B1329
 
東京国立博物館で開催中の『大琳派展〜継承と変奏〜』に行って来た。
会期も後半過ぎているけれど、大好きな宗達の槙檜図屏風(槙楓図屏風じゃないよ、地味な方だよ)は11/5からの公開だったので、それに合わせて。
 
好みだったのは、宗達「槙檜図屏風」、光悦「黒楽茶碗 銘 雨雲」、光琳「蔦図香包」「竹梅図屏風」「燕子花図(屏風じゃない)」、抱一「月に秋草図屏風」あたり。
後は、宗達「白象図杉戸」、光悦の「群鹿蒔絵笛筒」、光琳「秋草図屏風」「孔雀立葵図屏風」「八橋蒔絵螺鈿硯箱」も結構好き。
 
お目当ての槙檜図屏風は、入って直ぐにあって思わず見入る。照明は『対決展』の時の方が、微妙な深緑色が鮮やかに見えて好きだったかもしれない。淡い黒濃淡が金箔を透かす明るい月夜の様な雰囲気は、相変わらず溜め息もの。
この屏風は印刷物では色が全部黒に潰れるから、生で見ないと魅力が全然分からないと思う。
閉館時間ギリギリの10分間、独り占め状態満喫。幸せ。
 
今回の目玉「風神雷神図」シリーズ、屏風3双と襖一つはさすがに迫力。部屋の中心に立って4つを均等に見るのが楽しい。やっぱり、宗達がいっち好き。
先日茶友と飲みながら、何故自分が宗達の風神雷神図屏風がこの中で一番好きか、を言葉にしたらストンと自分でも納得した。宗達のが一番色のトーンが揃ってるからだ。背景の落ち着いた金の色と風神雷神の色合いが同じ階調にあるんだと思う。特に主線の色が光琳、抱一は強い黒なのが気になる(他の色もだけど)けれど、宗達のは茶っぽいグレーなのがくすんだ金に浮かない様に思うのだな。それが保存状態の悪さに寄るものだとしても、現代の我々が見られる状態での評価しかしようがないので、それで良いと思う。
余談だが、解説文に『光琳は宗達よりも構図の安定感を得るような画面構成を目指した。ここに宗達と光琳の資質の差がより強く表れている(解説文より引用、図録より松嶋氏の文章と推測)』とあったのが、とてもイヤ。(特に下線部の言葉をわざわざ使った所が)美術品なんか好きか嫌いで良いじゃないか。わざわざ書く必要ある文章にはとても思えない。
 
しかし、こうやってトータルで各人の個性を見つめると、琳派ってデザイン集団だなぁと思う。
特に光琳はリズム感のある構成が美しいと感じる。「孔雀立葵図屏風」の立葵の丸い花の並ぶリズム、「竹梅図屏風」の断ち切った寸詰まりの画面で濃淡・太い細いの竹のリズムを梅で崩す計算とか、見てて飽きない。

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スナップショットの時間 〜三浦和人と関口正夫〜

“チケットかっこいい”
B1318
 
【スナップショット】人物などの被写体を、自然な形や雰囲気の中で早撮りした写真。スナップ写真。(大辞泉より)
  
連休前から風邪で撃沈、でも口惜しいから近場にお出かけ。
三鷹市美術ギャラリーで開催中の『スナップショットの時間 〜三浦和人と関口正夫〜』を観に行って来た。
 
同じスナップショットでも、三浦さんと関口さんとで当たり前だけれど全然雰囲気が違う。
三浦さんのは柔らかなリズムという感じ。
関口さんのはかっちりと計算したラインという感じ。
でも、どちらも画面の中には「ここ!」「これ!」という視線の強さを感じる部分があって、結局スナップショットは“好き”で“心が動いた何か”を如何にして捉まえるかなのかと考える。
 
スナップショットとは、『私写真(ワタクシシャシン)』なんでしょうかね。

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対決—巨匠たちの日本美術

“唐獅子絵葉書と目録”
B1288
 
対決—巨匠たちの日本美術」を観て来た。
基本的に「対決」と言う形が気に食わないし、あまり展示が多方面にわたると集中できない性質なので観に行く気はなかったのだが、あちこちで薦められて鑑賞。
良いものも結構あったので満足。好みでないものは軽く素通りで観て回ったら、2周しても1時間半ほどで終ってしまった。
好きなのは、応挙の『猛虎図屏風』、蕭白『唐獅子図』、宗達『槇檜図屏風』など。
 
余談だが、メモ用の鉛筆を忘れ苦肉の策でアイブロウでメモを取った。“意外に書ける”とガツガツ書いたが、帰ってから見ると太すぎて自分の字なのに所々読めない。間抜けな話、どっとはらい。
 
一応、一通り感想。

運慶vs快慶
小さいのでパス
 
雪舟vs雪村
雪舟の慧可断臂図、背景の大胆な線の強さと前景の細やかさが目を引く。雪村は、呂洞賓図が印象的かな。
 
永徳vs等伯
永徳の金で黒を照らす華やかさは流石。昨年の京博行きたかったなぁ。松に叭叭鳥の黒のもけもけとした存在感に目が行く。等伯は、なんと言っても松林図屏風。近くで見ると一見荒々しいほどの乱雑な筆づかいなのに、ふっと離れて見たときの恐ろしいほどの静謐に胸つかまれる。深い霧に包まれた静けさが痛いほどの空間。ちょうど、長次郎の時雨の辺りから見るといい感じ。
 
長次郎vs光悦
今回はパス
 
宗達vs光琳
出光で風神雷神図屏風の比較を見たときから印象は変わらない。光琳はいい弟子だと思う。宗達の狗子図に奈良美智を連想。槇檜図屏風がたまらなく好き。余白の多さ故の中央の緻密さの緊迫感があり、それでいて「影法師」の手法によるはかなさが同居する不思議な空間。なんとも言えない。
 
仁清vs乾山
うーん パス
 
円空vs木喰
備忘のメモに「木喰の自身像ムカつく」と書いているのが笑える。円空は、もっと面に目鼻が付いたようなガツッとしたのが好みなので、少し不完全燃焼。
 
大雅vs蕪村
興味なし パス
 
若冲vs蕭白
今回は蕭白との再会が主目的だったのだが、やっぱり凄いな。群仙図屏風は、自分の記憶よりも更に鮮やかで、更に緻密で、更に気狂い染みている。圧巻。そして、なんと言っても唐獅子図。この大きさでこの大胆さで、この緻密さに震える。鋭角的な描線で柔らかな肉が描かれ、がっつりした線が一歩引いてみると非常な緻密さを持つ構成に惚れ惚れ。凄く格好いいのに表情の愛くるしいアンバランスが又、たまらない。若冲もいいんだけれど、一息のラインの美しいタイプの画(プライス・コレクションの「鶴図屏風」とか)が来てたら蕭白とのバランス取れただろうにと、残念に思う。石灯籠屏風は、何度見ても印象派を連想する。
 
応挙vs芦雪
応挙の猛虎図屏風、流し目受け口の猫!左から3匹目のまるもふ豹柄がたまらなく可愛い。金比羅さんの屏風とは全く違った可愛さ。あちらは子犬で、こちらは猫がモデルではないだろうか。芦雪の虎図襖は、6面全部揃った余白を楽しむ状態で見られたら、もっと素敵だったろうに。残念。
 
歌麿vs写楽
素敵だが今更なので今回は パス
 
鉄斎vs大観
興味なし パス

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森山大道展 i.レトロスペクティヴ 1965-2005/ii.ハワイ

B1239

森山大道の写真を見ていると写真は粒子であることを突きつけられる感じがする。私が彼の写真を凄いと思うのは、色を削ぎ落としモノクロに変換する作業を、あれだけの大きなドットで行える所。
ドットであるが故のハイコントラストの必要性とか考える。
だから、森山氏の写真はなるべく大きなサイズで、あのザラリとした夏の海辺の道路みたいな乾いた感じを味わいたい。
なので、こういう展覧会は、とても嬉しいのだ。
 
年代順に見せる3階の会場は、変化が大きくて、見ていて面白い。
特に、70年代と80年代の写真の間に明らかな違いがある。それは例えるなら、4Bの鉛筆で書きなぐっていたデッサンがペン画になったようなイメージ。
 
ハワイの方は、全体的に画面が水を含んでいる感じがして面白かった。
“しっとり”って感じじゃなくて、“湿気とか雨”って感じで。
 
それぞれの会場で、それぞれ別の流れがあって、面白い展覧会だった。
個人的には、70年代の写真とハワイが好き。
 
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『森山大道展i.レトロスペクティヴ1965-2005/ii.ハワイ』

会期:2008年5月13日(火)〜6月29日(日)
開催会場:東京都写真美術館
     3階展示室 i. レトロスペクティヴ1965-2005
     2階展示室 ii. ハワイ
 
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以下、展覧会の感想ではないのだけれど。

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没後120年記念 絵画の冒険者 暁斎 Kyosai—近代へ架ける橋

幕末古写真ジェネレーター使用”
B1235

帰省中、京都国立博物館で開催中の「没後120年記念 絵画の冒険者 暁斎 Kyosai—近代へ架ける橋 」と、京都国際漫画ミュージアムで開催中の「暁斎漫画展」を観てきた。
 
今回、暁斎という人の画を見て、『器用貧乏』という言葉が浮かんで仕方がなかった。
120年忌と言うことで、凄まじい点数の画を見たが、見れば見る程そう感じてしまう。
 
暁斎が嫌いなわけではない。
彼の個性の強さも、技術も、発想も、色彩のセンスも、遊び心も類を見ない素晴らしいものだと思う。今回の展覧会で見た彼の修正だらけの下絵から見える、凄まじいばかりのこだわりも凄いと思う。
どんな画題でもこなし、酔った上での早描きですらあの上手さ。感嘆に値する。
 
が、何でも描けてしまう彼が魂込めて描きたかった画が、私には見つけられなかった。
一本の描線に心震え、一枚の画に吸い寄せられ離れられなくなる、そんな鬼気迫る画に出会えなかった。だからサラッと流せてしまい、2時間ほどで見終わってしまった。
強いて上げるなら、『大森彦七鬼女と争うの図』と『枯木寒鴉図』がそれに近いか。
 
ふと考えたのは、彼は画において芸術家ではなく職人だったのではないかと言うこと。(この場合、芸術家と職人の間に優劣はない。自分の為に描くか、他人の為に描くかの違いと考えて下さい)
己から迸り出る何かを常に画筆を握りしめ吐き出し続けないと狂ってしまいそうな切迫感(言い換えるなら視野狭窄、他者を巻き込む狂乱の熱)はそこにはない。
ただ、受注されたものを己の持てるもの全てを駆使して描き切る、一歩引いた立ち位置(言い換えるなら同化せぬ他者の視点、対岸の火事を見る目)で描いていたのではないだろか。
自分の熱に左右されない技術は冴え冴えと冷たく研ぎ澄まされ、それこそ画題を選ばず炸裂する。(しかし、感応する熱は存在しない)
そんな天才的職人絵師だったのではないだろうか。
何の裏付けもない勝手な妄想ではあるが、そんな事を考えたのだった。
 
で、妙に悶々とした状態で『暁斎漫画展』を見に行ったのだが、こちらを見て少しすっきりした。
少なくとも、浮世絵や風刺画からは描いている楽しさが見えるように思ったからだ。
まぁ、私と暁斎の馬が合わなかっただけかもしれないが、色々考えて面白い展覧会だった。
 
以下、覚え書き。
「飴天狗図」は蝿見て描いたに違いない。
「地獄極楽めぐり図」「書画会図」「墨合戦図」この辺は漫画展に通じる物があって柔らかい。
「吉原遊宴図」不機嫌な若旦那の男前っぷりに惚れ惚れ。
「新富座妖怪引幕」大きいということはそれだけで力なのだと。首、首が良い。
「眠龍図」この構図好きだ。
「北海道人樹下午睡図」コラージュ的(?) ...etc.etc.

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三遊亭白鳥独演会「白鳥アドベンチャー」〜江戸時代〜

“白鳥繋がり”
B1215

先週、博品館劇場で行われた三遊亭白鳥独演会「白鳥アドベンチャー」〜江戸時代〜を聴きに行ってきました。
江戸時代と銘打っているからには、古典かと思いきや、流石に白鳥さん。
一筋縄では見せません。
 
演目は「大山椒魚の恩返し」、「ねずみ 〜萩の月の由来〜」。中入り後、のいる・こいる師匠の漫才を挿んで「明烏」の豪華3本立。
「ねずみ」も「明烏」も本歌の大筋は踏まえつつ、この展開はどうよ?の入念な作り込み。
「ねずみ」は、枕とサゲへの伏線の張り方の巧妙さに思わず感嘆の声。ちょっと危険なネズミの国遊びも好きだなぁ。
「明烏」、ブラック若旦那にノリのいい花魁、騙し騙されの訳分かんない乱痴気騒ぎ、某英国人ネタの力技、まさに白鳥さんにしか出来ない「明烏」としか言いようがない。でもサゲは意外におとなしめですっきりさっぱり。
 
こういうのって、元の噺を知っているからこその先の見えなさ加減が堪らないのですよ。
まるでビッグサンダーマウンテン(笑)に乗っているような疾走感と、次に何が来るかというワクワク感を大いに堪能してまいりました。いやはや笑い過ぎて涙出たもの。参った。
 
あと、昭和のいる・こいる師匠の漫才が私は異様にハマってしまい、大笑い。
滑舌の良いハイスピードしゃべくりとベタなネタのキレの良さは、やはり“芸”なのだなとしみじみ。
 
兎にも角にも、技術に笑わされる心地良さをタップリ味わえたひと時でした。
ホントに気持ちいい笑いをもらえるって、幸せですわ。

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平城遷都1300年記念 国宝 薬師寺展

“奈良にて(唐子・鍵遺跡)”
B1214

東京国立博物館で開催中の薬師寺展に早速行って来た。
美術館での見仏は唐招提寺展以来なのだが、今回も非常に見応えのある仏様だった。

私的観覧ポイントは、日光菩薩・月光菩薩、吉祥天像、仏足石、白磁碗、狛犬。
中でも、日光月光は最初は完全に左右対称なのかと思って見ていたのだが、よくよく見ると肉の付き方が全く違って、日光は女性的、月光は男性的であることに非常に驚いた。二の腕の肉の付き方とか背中の肉の付き方、脇のライン、微妙な違いで肉のまろやかさ、筋肉の硬さを感じさせる技術の高さは素晴らしい。特に日光の腰と尻の境目の窪みのエロチックさと月光の捻った腰の肉の盛り上がりの精悍さは圧巻。後背なしで仏様を観られる機会に恵まれた事に感謝。
勿論、国宝の吉祥天像の凄さは言わずもがな。色彩の豊かさ、描線の柔らかさをあの至近距離から見られるとは正に眼福。

美術館で仏様を“観”るという行為は、拝観を観覧に切り替える行為であり、純粋に仏様単体の造形のみを観察出来る貴重な機会だと思う。
寺という照明の限られた暗い閉塞感のある演出空間で見えるものと、美術館という360度照明の明るい開放された鑑賞空間で見えるものは、あまりにも違い過ぎるから。
お寺にいらっしゃる時の威厳溢るる信仰の対象としての在るべき姿も素敵だが、腰の窪みのあまりの艶めかしさにドキドキさせられる美術品としての姿も捨てがたい。
そういう“眼”の切り替えを楽しむのも、見仏の醍醐味の一つかと思う。

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土門拳写真展 日本のこころ

“室生寺”
B1176

武蔵野市立吉祥寺美術館で開催中の『土門拳写真展 日本のこころ』を見に行って来た。
展示作品数は多くはないけれど、山形の記念館まで行くこと、および100円の入館料のみで見られる事を考えると十分過ぎる展覧会だと思う。

土門拳氏の写真はちょっと私の趣味とは違うのだけれど、やっぱり古寺巡礼シリーズは思わず立ち止まってしまうものが多い。千手観音の手は圧巻。唐招提寺に行きたくなってしまった。
しかし、仏像写真よりは建物写真に惹かれた。仏像写真は、照明が私の好みと違うのかもしれない。

あと、展示されていたチェックフィルムを見ると、やはり同じ被写体を縦構図・横構図、押したり引いたりで最低4枚(気に入ったらしい被写体は20枚近く)は撮ってらっしゃるのを見て、やはり『数撮ってなんぼ』やなぁと改めて思う次第。

前期も見に行っとけば良かったなぁと、ちょっと後悔。
いつか、土門拳記念館に行ってみようかな。

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